SURFTRADERSはAddictionとSharpeyeのサーフボード正規販売代理店です

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BOARDINFO Addiction Fish

お勧めのミニシモンズ

これまで、沢山のお客様にミニシモンズを販売してきました。沢山の方からフィードバックを頂いてきました。 ミニシモンズと言っても材質、フィン、サイズで大分乗り心地が違います。 簡単にこんな方にはこんなモデルが向いていると言ったことをアドバイスさせていただきます。

アディクションサーフボード シェイプ

アディクションサーフボード シェイプ

例えばあなたがロングボーダーならば・・・。 サイズ:昔ショートをやっていた方なら5’10~6’0。 ロングのみの方なら6’0~6’2。 幅も広く厚みがあるので、ロングのみを経験した方でも乗り込めば上記のサイズで十分です。 フィン:ツインフィン、クワッドフィンどちらも問題ありませんが、 どちらかと言えば、パフォーマンスロングボーダーの方はクワッドのほうがあっています。 クラシックなロングに乗られている方はツインフィンの乗り心地がお勧めです。 素材 :標準の巻き(トップ:6oz+6oz、ボトム:6oz)でグロスフィニッシュにすると ボードがツヤツヤになりレトロ感もでて非常に格好がいいです。 但し、昔の重いボードに乗ったことのない方だと、ボードが思ったよりも重いと感じるでしょう。 そういった方にはEPSの素材や、クロスを薄くて丈夫なSクロスにすると軽くて扱いやすいでしょう。 勿論、レトロファンには重いボードが好きな方が多いですが、そういった方には標準の巻きとグロスフィニッシュがお勧めです。

ロングの方はサイズのあるときミニシモンズ、サイズのないとき普段使用しているロングで使い分けている方が多いです。 (ただ、ミニシモンズが気に入って、ロングを乗らなくなったという方もよくいます。)

例えばあなたがショートボーダーならば・・・。 常々感じていることですが、週に1回のペースで海に行く方にはミニシモンズはお勧めです。 文句なしでテイクオフは早いからです。ダンパー気味で今まで抜けられなかった波も、ワンテンポ早くテイクオフし、ツインフィンならではのスピードで抜けることが出来ます。

サイズ:5’4~5’10。 フィン:スピードを求めるならツイン、よりトライフィンに近いコントロール性能を求めるならクワッドがお勧めです。 素材 :標準の巻き(トップ:6oz+6oz、ボトム:6oz)でグロスフィニッシュにすると ショートの方には重く感じます。EPS+Sクロス+サンドフィニッシュにするとかなり軽くなるので、 普段ショートに乗られている方にはこちらをお勧めしております。サンドフィニッシュなのでつやは出ませんが、 きれいな塗装をすればボードに雰囲気が出てきます。

例えばあなたが女性ならば・・・。 何人か女性の方に乗っていただきましたが、パドル力が男性に比べると落ちる場合の多い女性には凄く好評を頂いております。 一点だけ気をつけなければならないのは重さの部分です。標準の巻き(トップ:6oz+6oz、ボトム:6oz)でグロスフィニッシュにすると 女性には持ち運びが困難なボードになります。比較的ボードの幅もあるのでそれに重さが加わると大変です。 その為女性にはEPS+Sクロス+サンドフィニッシュにしてボードを軽くすることをお勧めしております。 こうすると持ち運びも楽だし、テイクオフも早くスタイリッシュでお洒落なボードになります。

ミニシモンズは幅広いお客様にお勧めできるボードです。上記以外にもアドバイスすることは沢山あるので、ご質問等ありましたらメール(info@addictionsurfboards.net)でご連絡ください。

ミニシモンズの誕生2

ジョーボーゲスがボブシオンスのレストアをし、その後、レプリカのボードを暫くシェイプしていたことは前回記載しました。
今回からはリチャードケンビンとの出会いの話です。

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リチャードはジョーがシェイプしたレプリカボードに乗っていたこともあり、友人の紹介でジョーと友人になりました。その後二人はよくボブシモンズの話に花を咲かせていました。その中で、「ボブシモンズは長いモデルだけでなく、6‘0位の板もその当時に削っていた」という話が上がり、リチャードは「ワーオ!6フィートのシモンズに乗りたい!ジョー頼むから作ってくれ。」と言ったそうです。

ジョーは昔、ボブシモンズがシェイプしたショートを見たことがある人に詳細を聞き、何とかそのレプリカを作りました。と言ってもその人は老人だったのでかすかにしかボブシモンズのショートを記憶していませんでした。試行錯誤の末、ジョーは昔のバルサではなく、通常のスタイロフォームでボードを作ることを決心しました。また、カイトサーフィン、ウィンドサーフィンのボードがトレンドとして全体的に幅広になっているのに対し、サーフボードだけは細いということに違和感を感じていたジョーは思いっきり幅広のデザインを選択しました。

彼は頭の中から現代のトレンドとなっているサーフボードのイメージを取り払い、クリエイティブに作成したいと願い、また、リチャードもそんな彼の技術を全面的に信頼して全てお任せでシェイプしてもらいました。
こうして生まれたボブシモンズのミニ版は、「ボブシモンズに敬意を払う意味でミニシモンズと名づけた」とジョーは言います。
ジョーは40年間のシェイプ経験がありましたが、シェイパーとしては世界的に知られる人ではありませんでした。但し、本人はまじめにコツコツと長年にわたってシェイプを続け、独学でハイドロダイナミカの力学などを勉強していた人物です。そんな人物だったので、ボブシモンズのボードを簡単にレストアし、レプリカをつくり、また、ミニシモンズを作れたのです。
ジョーボーゲスには偶然、ミニシモンズを作るチャンスが与えられたけど、彼が何十年も誠実にボードを削り続けたことが、そのチャンスを逃さなかったんだなと思います。

ミニシモンズの誕生1

私が始めてミニシモンズを見たのは春に発売されるサーフィン雑誌のカタログ号でした。その当時私はあるサーフボードメーカーで働いており、そのブランドは世界中のトップシェーパーが削った板をベースにモールドボードを作成して販売する会社でした。数百種類のモデルがあり、テストボードも沢山あり、様々な板に乗る機会があるなかでレトロボードの素晴らしさに魅了されている時期でした。カタログ号でミニシモンズを見た瞬間「これを将来売りたい!」と乗ってもいないのに一目ぼれしたのを覚えています。また、レトロボードはパワーがなく比較的波の小さいコンディションが多い日本には適したモデルで、ミニシモンズなら絶対に売れるという打算的な考えも浮かんだのを覚えています。

 

そんなミニシモンズは元々、歴史的なボードであるボブシモンズをリストアしたいという一般サーファーとジョーボーゲスとの出会い、また、ジョーとリチャードの出会いから生まれたボードです。

ミニシモンズはジョーボーゲスが最初に削ったと言われています。2006年9月6~7日の2日間で第一号が作られました。 ただし、それ以前からジョーにはシモンズと接する機会があり、それは2001年にジョーがボロボロのバルサウッドを持ったサーファーと会ったことでした。ジョーが“それは何だ”と聞くと、サーファーは“オリジナルのボブシモンズだ”と言いました。 “どうするの?”と彼が聞くと、“このボードをリストアしたいんだ”というのでシェイパーであるジョーは快く引き受けボードをリストアしました。(そのボードは現在200万円位の価値があります。)その後、ジョーはボブシモンズのレプリカをシェイプしていたそうです。 ある日、ジョーはリチャードケンビンを紹介されます。リチャードはジョーが削ったボブシモンズのレプリカに乗っていたそうです。この出会いがミニシモンズを生むきっかけになるのですが、少し疲れたので、次回、どのようにしてミニシモンズが生まれたか紹介したいと思います。

ボブ シモンズ mini simmons の生みの親

ミニシモンズはボブシモンズが作ったボードをミニにしたからミニシモンズです。でも、、、誰もがボブシモンズって誰????と言った感じでは無いでしょうか?ボブシモンズは最初に流体力学をサーフボードに応用した人で、現在で言う、コンケイブ、スクープデッキ、スプーン、キックテールまた、最初ではないが、ファイバーグラス、スタイロフォームをサーフボード界に広めた人です。サーフボード界の技術革新に貢献した最も偉大な人といっても過言ではありません。 そんな彼の人生について、サーフラインが良いレポートをしていたので紹介します。 英語だったので、翻訳しました。(英語が読める方は下にリンクがあるのでそちらからご覧下さい。)

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以下、サーフラインより

ボブ・シモンズはフォームとファイバーグラス、そしてフィンという画期的な技術をサーフボードに取り入れたことで有名です。これは実際とは異なり、本当はトム・ブレークがその名誉に値します。また、彼のフォームはベニアでサンドイッチされた後にグラスで覆っていました。

ボブ・シモンズがサーフボードの技術に最も貢献した分野は、サーフボードに流体力学(ハイドロダイナミック)の理論を適応したことです。彼が1950年に作成したバルサウッドのサーフボードは、ハイドロダイナミックの理論を適応した最高の仕事と言われています。

ロサンゼルスで生まれたロバート・ウィルソン・シモンズの当時左足首には腫瘍があり、医師は足首を切断する必要があると彼に伝えました。母親は食事療法のエキスパートと相談し、治療をすることで腫瘍が見えなくなり、これはその後のシモンズの人生を変えることとなりました。 食事療法では、肉類ではなく、果物、フルーツジュース、ビタミン、オートミールなどを食べるため、彼の体力は少しずつ衰えていきました。それを補うために、彼は自転車に乗り体力をつける努力をしていました。そんな時、車と正面衝突した彼は、頭蓋骨、足、そして左肘を骨折してしまいました。左肘の回復が遅かったので、彼の入院仲間が治療としてサーフィンを勧めたのが、彼がサーフィンをするきっかけとなりました。

彼は1939年からトム・ブレークのパドルボードでサーフィンを始めました。また、卓球などもして体を鍛え、回復の遅い左肘を補強していきました。その後、ロサンゼルスにあるカル・テックという学校でエンジニアリングを学び、オールAの成績で卒業しました。ダグラス航空で数学者として働き、第二次世界大戦が始まった際、専門のエンジニアとして彼は独立しました。

左肘に障害があったため、シモンズは第二次世界大戦中カリフォルニアでサーフィンできる数少ないサーファーの一人でした。殆どの若い男性が戦争に従事している際に、波のいい時は数日の休みを取って極上の波に乗り続けました。波の悪い時は仕事に精を出し、サーフィンライフを満喫しました。75ポンドの板を車に乗せる時は母に手伝ってもらい、ビーチではその板を引きずって入水していました。

その頃、シモンズは孤独で風変わりな天才でした。日本に原爆が落とされた日には、「原子爆弾は世界を破滅に追い込む!!!」と一日中マリブで波待ちしながら叫んでいたそうです。(1945/8/6は最高の波がマリブに来ていたそうです。) 終戦までに、彼はハイドロダイナミックの理論をサーフボードに適応することに成功していました。かれは船舶設計技師として活躍していたリンジー・ロードの研究成果(ハイドロダイナミック)を発見し、それをサーフボードのデザインに適応していました。シェイプしたボードは異常に早かったので、試し乗りをしたサーファー達を怖がらせました。

また、マリブの偉大なライフガードであったチャップマンにそのボードを渡し、シモンズとチャップマンは他のどのサーファーよりも早く波を駆け抜けるサーファーとして恐れられました。

彼はサーフボードのノーズを補強するためにファイバーグラスを使いました。また、パドリングを補強するために流体力学をボードに適応し、その他にも、コンケーブ、スクープ、キックノーズといった現在サーフィン業界で使用されている重要な技術を肺かつしていきました。

また、シモンズはスタイロフォームをテストしました。第二次世界大戦中に航空機のレーダーで使用するスタイロフォームです。コンクリートの型を作り、その中でフォームを発砲するシステムです。1948年までに彼はファイバーグラスを全てのボードに使用しました。一枚のボードが大体9ポンドの重さです。1949年の夏には100枚程のスタイロフォームを使用したサーフボードを販売しております。それは、カリフォルニアのサーファーが1000人にも満たない時代のことです。

完全ではありませんが、シモンズの負傷した腕は非常に強靭でした。かれは、優れた卓球選手で、かつ、偉大なサーファーでした。また、彼は非常に攻撃的な性格で、周りの人は彼を変人としてみていました。37年型のフォードで海岸を探索し、缶詰、チーズ、果実、ジュースなどとともに最高の波を求めてトリップし続けました。彼は波と天気の関係を研究し、良い波を見つける理論すら開発しました 1953年にはハワイのオアフ島にサーフトリップへ行きました。島中を自転車で探索し、サンセットビーチに最高の波がくると言う地震の予想を確認しました。マカハ、サンセットでサーフィンをし、その結果を自分のシェイプに反映しました。また、パイプラインにも挑戦しました。

http://www.surfline.com/surfing-a-to-z/bob-simmons-biography-and-photos_907/